傷を治すのは,自分自身の体です。みんな自己治癒力を持っています。では,傷が治りにくいことがあるのは,どうしてなのでしょうか。実は,自己治癒力を障害するものとして,次のようなものがあるのです。それは,異物や壊死組織(死んでしまった組織),感染,外力,血行障害,乾燥などです。
傷に異物が付着していると治癒過程が進みにくくなります。壊死組織も異物です。これらは,上皮細胞の移動や傷の収縮を邪魔して治癒を障害したり,感染の原因になります。また,傷の深いところを観察しようとしても邪魔になりますし,治療のための薬や医療材料の効果も邪魔します。感染が起こると,細菌からいろいろな有毒なものが出てきて細胞が傷害されたり血栓(血管内にできる血液のかたまり)ができたりします。血行障害なども起こして傷の治癒が進行しなくなります。
常に傷に外力が加わっていると,新しい傷が繰り返し発生するため傷は治りません。血行障害があると,傷や傷周辺へ大切な酸素や栄養分が運ばれず,また逆に二酸化炭素や老廃物のような不要なものを運び去ることがうまく行われなくなり,傷が治りにくくなります。
傷は体にできている訳ですから,体の調子が悪いと当然治りにくくなります。糖尿病や肝臓疾患では,血液の流れが悪くなったり傷の治癒力が低下したり感染を起こしやすくなると言われています。長期間使用している薬によっても,治癒力が障害されることがあります。また,体の栄養状態が悪いと治癒がうまく進みません。
このような全身的な問題に対して,もう一度傷のある部位に目を向けてみましょう。生き物は水がないと生きていけません。傷では多くの細胞が働いていることは,自己治癒力のところでお話したとおりです。細胞も生きて活動するためは水分が必要です。もし,傷が乾燥した環境におかれると,傷が治るために働くいろいろな細胞やサイトカイン(細胞から放出され,細胞増殖や分化などの調節作用を示すタンパク質),酵素(体の中のいろいろな化学反応の進行を助けているもの)などが死滅し破壊されてしまいます。また,傷の最表面にある組織の壊死を起こしてしまいます。傷の乾燥は,自己治癒力にとって100%有害な環境なのです。傷が治るためには,潤った環境が必要なことはもうお分かりでしょう。このような環境を湿潤環境といっています。傷の湿潤環境は,傷から出る液,すなわち滲出液で作り出されるべきです。
生体における傷の治癒過程が阻害されることなく進行するためには,つまり自己治癒力が十分発揮されるためには,(1)異物や壊死組織がないこと,(2)感染がないこと,(3)外力が加わらないこと,(4)血液の流れがあること,(5)傷が乾燥することのない湿潤環境であること,このような環境を維持していくことが絶対に必要なのです。
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